「和歌三神」


 
あらすじ ある冬の日の朝、やけに冷えるなと思ったら庭に雪が積もっている。風流人隠居権助にどれくらい積もったか聞くと、「そうだねえ、五寸ぐれえ積もったかねえ。横幅は分かんねえ」
隠居 「玄関のとこ滑ると危ないから雪かきしときなよ」

権助 「この家に雪かきはねえよ」

隠居 「そんなら鍬(くわ)でおやりよ」

権助 「鍬あ、こないだ友達が来た時、売っ払って飲んじまった」

隠居 「駄目だよ。主人の物、勝手に売ったりしたら。勘弁ならないよ」

権助 「おめえさま、風流人だから歌詠むから勘弁してくだせえ」

隠居 「歌なんか詠めるのか。やって見な」

権助 「俳諧の家にいりゃこそ鍬盗む 隙があったらまた盗もう」、呆れた隠居だが、

隠居 「向島あたりに雪見と洒落ようじゃないか。権助、酒持ってついておいで」、雪見も洒落もどうでもいいが、酒があるので権助はお供をして向島へ。

 三囲神社から隅田川対岸の待乳山聖天の森の雪景色を楽しんでいると、土手の下でもお菰さんが三人で酒を酌み交わしている。

 物好きな隠居は下りて行って乏しくなった酒を足してやって、「おまえさん方、何と呼び合っているんだい。あだ名なんかはあるのかい」と聞くと、一人が、もとはといったが今はと名乗っているという。お茶屋や料理屋の前の犬の糞(ふん)を掃除お金をもらっているので、「糞屋の康秀」で、
吹くからに秋の草夜はさむしろの 肘を枕に我はやすひで」と詠んだ。

 隣の男は垣根の下で丸くなって寝てばかりいるので、「根の本の人丸」と言うあだ名で、
ほのぼのと明かし兼ねたる冬の夜は ちぢみちぢみて人丸く寝る」。

 三人目は鼻から息をもらしながら、「なりんぼう吉で”なりひら”と名乗り、
千早ふる神や仏に見放され かかる姿に我はなり平」と詠んだ。

 すっかり感心した隠居、「お前さん方は実に雲の上人(うえびと)、和歌三神ですな」

お菰さん 「いいえ、馬鹿三人でございます」






 もとの歌は、「吹くからに秋の草木のしをるれば むべ山風を嵐といふらん」(文屋康秀
この歌は、落語『強情灸』に下の句が出て来る。

ほのぼのと明石の浦の朝霧に 島隠れ行く舟をしぞ思ふ」(柿本人麻呂
落語『明石飛脚』に人丸神社(柿本神社)が出て来る。

千早ふる神代もきかず竜田川からくれないに水くくるとは」(在原業平
落語『千早振る


  
左は「今戸橋真乳山」(東都三十六景)
向島の三囲神社あたりから。
中央の右から山谷堀が流れ込み、今戸橋が架かっている。

待乳山聖天宮・今戸橋

右は「武蔵隅田川雪の朝」(六十余州名所図会)
山谷堀、今戸橋、待乳山聖天(右)から向島、三囲神社方向。

隅田川
        

古今亭志ん生の『和歌三神【YouTube】




三囲神社
宝井其角の「遊ふた地や田を見めぐりの神ならば」(雨乞いの句碑)がある。

三囲稲荷社


待乳山聖天



柿本(しほん)寺跡の歌塚 「説明板」 《地図
柿本寺は柿本氏の氏寺。歌塚は柿本人麻呂の遺骨を葬るという
奈良(記紀)の坂


柿本人麻呂の歌碑
「衾道(ふすまぢ)を 引手の山に妹を置きて 山径(やまぢ)を行けば 生けりとも無し」
衾道は手白香皇女の衾田陵(写真左端後方に一部が見える)あたり。
引手の山は竜王山(写真奥右方)で、ここに埋葬された亡き妻(巻向の妻)を偲んで捧げた歌。
山の辺の道


明石海峡、淡路島 《地図
朝霧駅近くの山田橋(山田川)から。
山陽道(神戸駅→朝霧駅)』


柿本神社(人丸さん) 「説明板
山陽道(朝霧駅→加古川駅)』


在原業平ゆかりの地は、『千早振る』で。






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