★あらすじ 両国薬研堀の漢方医の二宮道仲は評判のいい名医だ。ある日、実直で人柄のよさそうな若い男が訪ねて来る。
男 「私は本町の薬種問屋のいわし屋の番頭でございます。店の若い者がお得意様のお屋敷に唐人参を納めに参ります途中で賊に襲われ、全部奪われてしまいました。先生もご存知のように唐人参は大変高価な物で、その若い者は気が動転、混乱して気が変になって、人の顔を見ると見境もなく、”人参返せ、人参代払え!”と騒ぎ立てる始末でして。主人もたいそう心配いたしまして、ご高名な先生にお願いして是非とも治していただきたいと、申しております」
道仲 「そうか、それはお気の毒なことじゃ。手当をいたすからその若い者をすぐに連れていらっしゃい」、番頭と名乗る男は今度はいわし屋の店に行って、道仲先生の弟子のふりをして、
男 「患者の治療のためすぐに唐人参が入用になった。唐人参を持って一緒に来てもらいたい。代金はすぐに払う」と、店の者にたくさんの唐人参を持たせて薬研堀まで行き、医者の玄関口まで来ると男は人参を受け取って、
男 「ちょっと待っててくれ」と中に入り、道仲先生に、
男 「先程のいわし屋の病人を連れて参りました」
道仲 「おおそうか、早くここへ通しなさい」、男は店の者に、「奥に先生がいるから人参の代金をもらって来なさい」と言って中に入れ、自分は人参を抱えてすたこらさっさととんずらしてしまった。
一方、医者の家では、
道仲 「おお、お前さんか、人参では大変な目に遭ったな。・・・だが、こう見るところ気が変になったようには見えんが・・・」
店の者 「へぇ、そんなご冗談を。急いで店へ戻りますので人参のお代を・・・先ほどお弟子の方にお渡しした人参の・・・」
道仲 「あぁ、やっぱり人参のことが頭から離れないのじゃな・・・」
店の者 「お代を頂けなければ店に帰れません。どうかこの請求書のお代を早くくださいませ・・・」
道仲 「なに? 請求書!」、本物の請求書を見て道仲先生びっくり、お互いに今までのいきさつを話して聞いて、先生二度びっくり、怒り心頭で、
道仲 「けしからん、わしの弟子と偽って人参を騙し取りおって、人参、人参などどこにもありゃせん。上手い事騙(かた)られて、人参代払わせられるとは情けない、人参返せ、人参代払え!・・・」
店の者 「ああ、先生も人参で気が変になってしまった」
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