★あらすじ 駒形に住む茶器や古美術品の鑑定家の半田屋長兵衛は、すぐれた目利きであちこちから鑑定の依頼が絶えない。
今日も中橋の万屋五左衛門から目利きの依頼の手紙が来た。万屋は成り上がりの金持ちで、金にあかして色々な物を買い集めて飾り散らし、ひけらかしているようで、長兵衛は行く気になれない。
このままずっと断り続けることもできないので、親戚からあずかった店の奉公人の弥吉を代わりに行かせることにする。
この弥吉さんはおっちょこよいでちょっと足りないところがあるので、万屋での口上などをしっかりと覚えさせようとする。
長兵衛 「お前が私のつもりになって行きなさい。向こうへ行ったら、丁寧にお辞儀をして、”お招きにあずかりました半田屋の長兵衛と申す者、お見知りおかれまして末永くご懇意にお願いいたします”、と言いなさい。万屋さんは自慢の掛物の松花堂の醋吸三聖を見せるだろう。箱書は小堀権十郎だろうな。そうしたらよく見るふりをして、さすがは松花堂、かようなお道具を拝見致すのは、私どもの目の修業になります”と、身を卑下するんだ」
弥吉 「髭(ひげ)は夕べ、剃っちまった」
長兵衛 「謙遜する、己をへり下だるということだ。向こうが鑑定の値を聞いてきたら、”醋吸の三聖は結構でございますが、孔子に老子に釈迦、釈迦は仏でございます、お祝いの席には向きません。それに惜しい事にこの軸にはにゅうがあります”、とにゅうを見つけるんだ」
弥吉 「にゅうって何です?」
長兵衛 「お前は何年この店にいるんだ。傷というと素人っぽくて直接過ぎるから、傷をにゅうと言うのが道具屋の符牒だ。向こうは金はあるが目は利かない。傷でもないのを傷と言っても、きっとなるほどと感心するだろう」、弥吉も、「そんなもんですかねえ」と感心している。
長兵衛 「目利きが済むとお茶を立てるから、いつもの作法どおりに飲めばいい。それから煙の出るような饅頭が出て来るから、それを食べて帰って来ればいいから」
弥吉さん目利きなんて何てえこともないと、のこのこと万屋へやって来て、なぜか裏口の壊れかけた戸をこじ開け、綺麗に手入れされた庭の芝や苔や草木を踏み荒らし、転びそうになって石灯籠に手を掛けて倒し、足を滑らせ池にはまりそうになり、松の枝で首をくくりそうになったりの四苦八苦。
何の騒ぎかと座敷を出て来た万屋の主人に、
弥吉 「お招きにあずかりました半田屋の長兵衛・・・」と、丁寧にお辞儀をするまではよかったが、座敷に通されて、いざ鑑定が始まると、長兵衛の受け売りのしどろもどろで、口からでまかせ、「・・・惜しいことにここににゅうっと傷がある・・・」なんて、万屋も驚くやら呆れるやらで席を立ってしまった。
職務に忠実な弥吉さんは言われたとおりに煙の出る饅頭を食わねばならんと、煙の出ている香炉を取り上げ銀の匙で火の付いた香を口へ入れて、「あっちちちち・・・」
万屋 「なんて乱暴な人だ、口の中に傷ができちまったろう」
弥吉 「いえ、にゅうが出来ました」
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