★あらすじ 大阪の瓦屋町の医者、阿部元渓の倅の年が二十五の元益は真面目一方。寺社を巡るのが唯一の楽しみという変わり者。
ある日、友達の喜助と住吉神社に参った帰りがけににわか雨に遭う。大社近くの茶屋の加納屋の軒下で雨宿りをしていたが、喜助の誘いで加納屋に上がった。
喜助が芸妓を一人呼ぶと、出て来たのが住吉小町と呼ばれている十八になるお花。元益は飲めない酒を酌をされたが、お花に見とれてついガブガブ、正体もなく酔って家に駕籠で送られる始末だ。
それからというもの元益の加納屋通いが始まる。ついには親の金も持ち出す有様で勘当の身となってしまう。お花にも会えなくなった元益は平野町の小さな長屋に入り医者の看板を出す。元より腕はよく、子どもから年寄り、貧乏人の分け隔てなく診るので大評判となって暮らしも楽になる。
余裕ができると思い出すのはお花のこと、自然と足は住吉さんの方へ向かって加納屋へ。
加納屋 「お花は先生がいずれ一緒になろうと言った言葉を信じましたんや。先生がぷっつりお越しにならんようになって気を病んで寝込んでしまいました。お花は近江屋さんの抱え子で、うちに出させてもらってましたけど、こんな身体にしてしまって近江屋さんも怒っていますのや」
元益はお花を引き取って看病すると言うが、加納屋はいっそのことお花を身請けしてしまえと勧める。加納屋は元益から十両の金を預かって近江屋に行って、「三両で身請けすると言うてんやけど、お花は病人ですさかいその三両は見舞金として受け取らずに・・・」と、ちゃっかり十両全部自分の懐に収めてしまった。
元益のところへ来たお花はみるみる元気になって行く。元益の薬の調合のさじ加減がいいのか、いいや、思っていた人と一緒になれたことが一番の薬だろう。すぐにお花は元益のそばでかいがいしく働くようになった。
名医と別嬪の看護婦さんという感じで評判が評判が呼び、この噂は加納屋の耳にも入った。悪賢い加納屋はまたひと儲けを企んで元益の家にやって来る。
加納屋 「お花の身体が良うなったんなら、もう一辺座敷に出しますよって連れ戻しまひょ」
元益 「こないだ十両渡してお花は身請けしましたやろ」
加納屋 「近江屋さんから身請け証文もらいましたかいな。書いた物が物を言いまんのや。証文がなければお花はまだ近江屋さんのもんや」、「そんな無茶な・・・」、言い争いが始まった。これを聞いていた隣家の家主がやって来て二人の間に入って、
家主 「・・・とにかく今日のところはお引き取りになって、明日またわしの家に来てもらえますかな。悪いようにはせんよって・・・」ということで、加納屋は帰って行った。
翌朝、加納屋がそそくさと家主の家にやって来る。手ぶらで来た加納屋から酒代、茶代、猫の鰹節代なんかをせしめ、
家主 「お花はんは座敷勤めはもうこりごりで、真っ平御免、もう住吉には戻りとうないと言うてますねん。このまま黙ってお引き取りを。はいさよなら」と、門前払いだ。
怒った加納屋、正体を現して、「なに!こら、家主、本人が帰りとうない言うたかて、首に縄つけて引っ張ってでも帰るわい」、手荒なことをするかと思いきや、腕に自信が無いのか、
加納屋 「証文はこっちにあるのじゃ。出る所へ出たら証文が物を言うねんや」と、尻(ケツ)をまくって猫の皿を踏み割って帰って行った。さあ、加納屋は西の御番所に訴えて小笠原伊勢守?のお裁きとなる。
奉行 「・・・証文なくして花の身請けは成り立つまい。よって花は近江屋、加納屋に引き渡す。これにて一件落着。一同の者、立ちませぇ~い」では、話にも落語にもならん。
奉行 「元益は大病の花をわざわざ自宅に引き取って療治したのであるな。その間の療治代、薬代は元益に払うたであろうな」
加納屋 「・・・いえ、それはまだで・・・これから支払おうと・・・」
奉行 「なに、まだとな。元益、半年の間の花の療治代、薬代は高くついたであろうな。薬は医者のさじ加減じゃ。高くついたであろうな」、折角、高く吹っ掛けろと奉行が言っているのに、
元益 「いいえ、お花のためなら薬代など結構で・・・」と、どこまでも真面目なのか世間知らずのお人良しなのか。見かねた家主がアドバイスして、結局、薬代が日に六両、療治代が一両、半年の合計が千二百八十両となった。
奉行 「これ、加納屋、近江屋、千二百八十両、即金にて支払え。払う事できぬならば双方で示談とせよ」、これでほんとに一件落着となった。さて困った近江屋が家主の家に相談に来る。
加納屋 「千二百八十両なんて大金はとても・・・家主さんに間に入っていただいて示談ということに・・・」
家主 「あぁ、さよか。つまり千二百八十両は無しにする代わりに、お花はんは先生が身請けしたということに。はいはい、それで結構」、あまりのすんなりな展開に喜んで帰ろうとする加納屋に、
家主 「こないだおまえさんが踏み割った猫の皿代、二十両もらいまひょか」、あんな汚い皿が二十両とはだが、千二百八十両に比べればなんてこともないとあきらめて加納屋は帰って行った。
婆さん 「あの皿は夜店で二文で買うたんやがな。それを二十両で売るやなんて」
家主 「加納屋は先生から十両くすねてんねん。二十両じゃまだ足らんぐらいや」
婆さん 「そやな、けどこんなに丸う納まるというのも、お奉行さんのありがたい、さじ加減のお蔭ですなぁ」
家主 「うん、みなが救(掬)われた」
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