「鳥屋坊主」


 
あらすじ 鳥屋町の鳥屋の職人の喜六清八伊勢参りを思い立ちぽいっと店を飛び出す。あちこちと遊びながらの気楽な旅だが、金も使い果たし道に迷って日も暮れかかって来た。
山寺を見つけた二人は一夜の宿を乞う。住職は旅人は泊められんが、通夜ということにして泊めてくれた。

次の日は雨で旅立てず、その次の日も寺でぶらぶら、そのままずっと居続けてしまう。住職はいつまでも置いておくわけには行かないと引導を渡すが、二人は旅立つ金がないから寺に居させてくれと頼む。住職はそれなら出家して坊主になれという。すぐに軽い気持ちで頭を丸めて俄か坊主になった二人、その名も六法八法という、鳥屋坊主が出来上がった。

村の連中ともすっかり慣れ親しんだ二人は、居心地がいいのか伊勢参りなんかとっくに忘れ、早や半年余りが過ぎた。
ある日、住職に京都の本山から呼び出しがかかる。葬式など難しいことは上のずく念寺に頼み、お布施などは折半すればいいと言い残し、住職は本山へと出立した。

待ちかねたとばかり、六法と八法は、「鬼の居ぬ間の洗濯」で、はめをはずずこととする。まずは粗末な物ばかり食べて油が抜けてしまったので、「かしわのすき焼き」を食おうということにする。六法が村の庄屋の家に行き、住職がいなくなって朝早く起きられず、朝鐘を撞くのを忘れたら申し訳ないので、の時の声で起きるから貸してくれとだまし、鶏をぶらさげて来る。寺には適当な鍋がないので、どらを鍋代わりして、ねぎなどをぶちこみ、すき焼きの出来上がり、さすが元は鳥屋の職人、お経はへただが料理は手慣れたものだ。般若湯も入って二人は酔っ払い、踊り出して盛り上がっている。

そこへ村の万屋(よろずや)金兵衛が死んだから経を上げに来てくれと店の者がやって来た。住職はずく念寺へ頼めと言っていたが、そうなると分け前は半分になる。欲張りな八法は俺が行って経を上げると言って、六法を伴僧として万屋の店に乗り込み、怪しげな経を上げて誤魔化したが、今度は戒名をつけてくれと言う。
八法坊主はそばにあった「万金丹」の袋を見つけ、戒名は「万金丹」とつける。どうしてかと聞かれ、屋の兵衛だからだ。は何かに、死ぬ時に(たん)が詰まったからだ。肩の方に「伊勢朝熊(あさま)」とあるがそれは何かに、生きているうちは威勢が良かったが、病気で死んで浅ましいから。
裏に白湯(さゆ)にて用うべしとあるがこれは何かに、
八法 「この仏はお茶湯はいらんねん」
 露の五郎
収録:昭和59年





     



 
*鳥屋町
は、「大阪市中央区備後町1、安土町1、八百屋町筋の一部の通称。鶏肉ではなく、生きている鳥を扱う鳥屋が多かった」『はなしの名どころ』の「中央区その1」による。

*万金丹は、『田楽喰い(ん廻し)』に記載。

*この噺は『東の旅』シリーズの『七度狐』あたりの別バージョンの落語でしょう。






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