「矢橋船」(東の旅L)

 
あらすじ 喜六、清八の二人連れは草津の宿うばが餅屋の角を曲がり、近江八景「矢橋の帰帆」で有名な琵琶湖の矢橋(やばせ)の湊に向かう。大津まで矢橋船の船旅を楽しもうという趣向だ。無一文だったはずの二人が贅沢な船旅とは。ここが落語の面白い所、いい加減な所か。

 舟には商人、一人旅の侍、紛失したお家の名刀の小烏丸を探し、諸国を巡っている二人連れの侍、幾羽もの雀を駕籠に入れた鳥刺し、供を連れた大店の隠居風の旦那、風呂敷包みを持ったお婆さん、戸板に乗せられた病人らが乗り合わせる。

 湖上は穏やかで、比叡の山、比良の連山、俵藤太のムカデ退治で有名な近江富士の三上山の姿を楽しみながら舟は大津へと進んでいく。大ムカデは三上山を七巻半したというが、八巻(鉢巻)にはちょっと短いなんて洒落ている人もいる。

 退屈しのぎにと色問答が始まる。まずは、赤い物を3つ重ねる。「金時ぶら下げて火事見舞い、赤い赤いが赤いなりけ り」、「ほおずきで赤子をあやす笹(酒)きげん」、青い物は、「晴天に海原晴れて松林」と綺麗に決まった。白は「の上砂糖と舐めてみる」、黒は「中は子か、右と左は親ガラス」でなるほど。お次は黒、赤、白の三色変わりだ。「堅炭(かたずみ)の熾(おこ)った後はになり」と色問答は続いている。

 隠居風の旦那が色問答を面白がって、聞きながら一杯やりたいと供の久助に言う。久助は上等の酒と肴は持って来たのだが、燗徳利を忘れて来た。

 すると草津で買ったさらの尿瓶(しびん)を貸してやろうと言う人が現れた。旦那は、旅の空の下での一風変わった趣向もよかろうと尿瓶酒を旨そうに飲み始める。回りの人にもと、尿瓶酒の回し飲みが始まった。

 色問答のような風流なことには、無関心・不調法で舟の端で居眠りをしていた喜六と清八だが、酒と聞き、上等の酒の匂いがしてくると、もう我慢ができず黙ってはいない。

 しゃしゃり出てきて意地汚く「俺にも飲ませろ」とせがみ、喜六はがっついてそこにあった尿瓶酒を飲むが、これが本物の小便で、「ウッウ−、ゲッ− こんなションベン飲ましやがってッ!」と怒るが、あせって戸板の病人の尿瓶と取り違えたのだ。戸板の病人も間違えて、酒入りの尿瓶にションベンをしたりして、舟の中は大騒ぎになったりする。

 やっと尿瓶酒騒ぎもおさまると、今度は無理問答だ。「丸くて四角くて長くて短い」は「釣瓶縄(つるべなわ)、井桁の中に月の影」なるほど見事だ。すると一人旅の侍から「身共もまいろうか」と声が掛かる。「大小の鍔に四つ目の紋所」とうまいもんだ。

 これを聞いて、侍の差している刀が名刀の小烏丸と見た二人連れの侍が近づいて来て、腰の刀を是非見せてくれと頼む。侍はこんな船中にて刀を抜くのは他の迷惑、異なものだと断るが、二人はならば大津の宿にてとしつこく迫る。「くどい」と断ると、ならばと二人は侍を押さえつけ、刀を腰から奪い取った。

 そのはずみに鞘が鳥刺しの駕籠に突き刺さって、網が破れて中の雀が一斉に大空へ飛び立った。
「何をするんじゃ、わしがせっかく捕ま えてきた雀、逃がしやがって」 と怒る鳥刺し。
すると侍が鞘を払って抜いた刀を構えている所へ、空へ舞 い上った雀がザァ〜、パタパタパタ〜と群がって下りて来た。

侍 「小烏丸を抜くときは群がるとこそ伝え聞きしに、かくの群がるとは」、ようく見たら竹光でございました。



   




「鳥刺し」(「江戸商売図会」三谷一馬より)


矢橋帰帆(近江八景・広重画)


この先は『こぶ弁慶』(東の旅M)へ続く。

 桂米朝の『矢橋船【YouTube】

   

草津宿本陣田中七左衛門家(国指定史跡) 《地図

敷地は4726uもの広さ。元禄12年7月4日に浅野内匠頭長矩、同月13日には吉良上野介が泊まっているそうだ。

   矢橋道標(寛政10年(1798)右の瓢泉堂の軒下)。

ここを右に曲がれば3kmほどで『矢橋帰帆』の琵琶湖の湊に出る。ここは街道名物の「うばがもちや」跡。


うばが餅屋(東海道五十三次草津・広重画)

   三上山(近江富士・432m)

俵藤太が瀬田の唐橋の上で蛇に化身した龍神から頼まれ、この山に棲む大百足(ムカデ)を弓で退治したという伝説の山。龍神(豊玉姫)と俵藤太のやりとりの艶笑小咄もある。








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