「宿屋仇」(林家染丸)
★あらすじ 日本橋の河内屋太郎兵衛という宿屋の前に立った一人の立派な侍、赤穂明石藩の万事世話九郎と名のる。昨日は泉州岸和田の浪花屋という宿で、巡礼やら相撲取りやら夫婦者と部屋を一緒にされ、騒がしくて一睡もできなかったので、今夜は静かな部屋を頼むといい、宿屋の伊八に銀一朱を渡す。
伊八が侍を二階の部屋に通すと、あとから来たのが兵庫の若い三人連れ、伊勢参りの帰りというやかましい連中。伊八は連中をうっかり侍の隣の部屋に入れてしまう。
伊勢参りを無事に済ませて気も緩んで、三人連れは風呂で大騒ぎをした後、酒、さかな、芸者をあげてのドンチャン騒ぎだ。侍が伊八を呼んで怒ると、連中は侍と聞いて芸者を帰し寝床につく。三人の頭を合わせて寝る、巴寝というやつだ。
三人はすぐに寝床で相撲の話を始めて熱中し、起き上がって相撲を取り始める始末だ。「ハッケヨイ、ハッケヨイ、残った、残った」、ドスンバタン、痛い!、その騒がしいこと。
侍が伊八を呼んでまた怒ると、連中は今度は力の入らない女の話、色事の話を始める。源兵衛という男が、自分は3年前、高槻藩の高山彦九郎という武士の奥方と密通し、現場に現れた弟と奥方を殺し百両盗んで今だに捕まらないと言い出す。
これを聞いたあとの二人はすっかり感心し、「源さんの色事師、色事師は源さん」なんて大声で囃し立てるからたまらない。またもや侍は伊八を呼ぶ。
実は、自分は3年前に妻と弟を殺されて、仇を探している高槻藩の高山彦九郎という者だ。隣の部屋にいる源兵衛がその仇と分かったので、今ここで仇を討つという。
びっくりした伊八が隣の部屋に飛び込んで源兵衛にこのことを話すと、源兵衛はさっきの話は嘘で、三十石船の中で聞いた話だと白状する。
伊八から嘘と聞いてもむろん侍は承知せず、源兵衛を一晩伊八に預け、明朝、日本橋で出会い仇ということにし源兵衛と助太刀の二人も討つといい高いびきで寝てしまう。
床の間に縛られ、伊八たち宿の者に見張られ、一睡もできずに夜が明けた三人組、生きた心地もしない。
一方、侍はぐっすり眠り早起きし、宿賃を払うと出立だ。伊八が仇討ちの件を問うと、
侍(大声で笑い) 「伊八許せ、あれは座興じゃ、嘘じゃ」
伊八 「嘘!? 一人でも逃がしたらあかんと、皆寝ずの番をしとりましたのに、なんであんな嘘をおつきになりましたので」
侍 「ああ申さんと、また夜通し寝かしおらんわい」
|
*宿屋が多かったのは江戸では日本橋馬喰町(にほんばしばくろうちょう)で「宿屋の仇討」「宿屋の富」など、大阪は日本橋(にっぽんばし)東側の道頓堀北岸で「宿屋仇」、と大川町で「高津の富」でした。
*お調子者の三人連れと物静かな侍が対照的です。大阪の二人連れといえば清八と喜六ですが、これに源兵衛という二人に輪をかけたような威勢のいい、臆病な、お調子者の登場でこの噺を盛り上げています。
侍から銀一朱のチップをもらい喜んだのも束の間、三人連れと侍の間を行ったり来たりし、あげくは一晩中寝ずの番をさせられた伊八さんの活躍ぶりには笑わせられます。ちょっと可哀想ではありますが。
そして、侍が立ち去った後の三人連れは、また元の陽気な連中に戻り、旅のいいみやげ話ができたなんてうそぶいて、負け惜しみを言いながら、がやがやと帰ったことでしょう。
*銀一朱は、一両の16分の1、一分の4分の1 |
★桂米朝の『宿屋仇』【YouTube】
宿屋が並んでいた日本橋東側の道頓堀北岸
高山彦九郎像(三条大橋脇)
高槻藩の高山彦九郎ではないが。
『東海道(大津宿→三条大橋)』
|