「げほう頭」

 
あらすじ 播磨の国、飾磨津(しかまづ)の廻船問屋淡路屋の息子の岩松。生まれつき頭が大きかったが、成長するにつれて長い頭になって、七福神の福禄寿げほう(外法)さんのようになってしまった。

 ある日、表に立った旅の僧が家の中から異様な気配を感じると入って来た。気品のある立派な僧で、いい加減なことを言って金をせびる生臭坊主のようではなく、主人は店の中に入れて過去の話をする。

 淡路屋の主人は以前に、抜け荷、密貿易をやっていたことがあり、後ろめたいことも随分とある。話を聞いた僧は、過去のやましいこと、悪事が子ども岩松に祟っているといい、「そのお子さんは、この家に置いてはいかん。どこか奉公にでも出しなはれ」と、言って立ち去った。

 早速、主人は岩松を取引先の大坂の道修町の薬問屋の葛城屋丁稚として預ける。岩松の長い頭は目立ち過ぎて、店番をすればジロジロ見られ、外へ使いに行けば子供が面白がってついて来たりする。可哀想だし、店も薬より長い頭の方が評判になってしまい、岩松は奥の人目につかない部屋で、薬研で薬を切る仕事につくようになった。

 今日は、年に一度の芝居見物、店中そろって道頓堀の芝居小屋へ繰り出した。だが、座敷に座った岩松の頭は見物客の邪魔だし、目立ち過ぎて客は芝居そっちのけで珍しがって頭を見ている。はては舞台の役者まで長い頭に気を取られ、台詞を忘れる有様だ。岩松も居たたまれなく、「もう帰ります」と今にも泣きだしそう。可哀想に思った番頭は岩松を芝居茶屋に連れて行く。

 するとそこへ、上品な年増の女が岩松にお願いがあると近づいてきた。聞くと船場の大店の乳母で、「じつはお嬢さんのお乳の間にお腫(おでき)ができて、医者でも薬でも治らしまへん。高名な易者の先生に見てもらいますと、七福神のげほうさんのよな頭の人になめてもらえば、たちどころに治ると言われました。あちこち探しましたが見つからず、お嬢さんのお腫はひどくなるばかり。今日は気晴らしにと芝居見物にお連れしたところ、あなた様にお目にかかりました。どうかお嬢さんのお腫をなめてやっていただきまへんやろか」

 岩松 「・・・わて、そんなん、知りまへんで。わたしがなめて治るなんちゅうことが・・・」、絶句する岩松に、娘も顔を真っ赤にして、「どうかお願いいたします」、自分と同じ、十五、六の綺麗な娘さんのたっての頼み、「・・・なめたらよろしいので・・・」と、承諾。

 娘は恥ずかしそうに帯を解くと、小さなお乳の間に大きな黒ずんだお腫が飛び出している。岩松は顔を近づけチョイ、チョイとなめてやった。すぐにも腫れが引いて行くようにも見えて、「へえ、これでいいんで・・・」、乳母は「ありがとうございます。これで治ると思います。・・・いずれ改めてお礼にうかがいます。・・・これはほんの手土産代わりに・・・」と、三両包んで帰って行った。

 店に帰った岩松はあの娘のことが忘れられず、これが恋患いと言うのかぼぉーっとしている。 四、五日すると、あの時の御礼と言って、十両を届けに来た。ちょっと岩松がなめただけで、しめて十三両、主人と番頭は、岩松の恋患いなんかどうでもいい。店の薬のよく聞かないことは重々知っているから、表に大きな看板「腫れ物合い薬あり」を掲げて、岩松のチョイなめで大儲けを企んだ。さすがは大阪商人魂と褒めるべきか。

 さあ、実績のある岩松のチョイなめ薬は、医者から見放された者たちに効能あらたか。噂が噂を呼び大評判となって列をなして押すな押すなの大盛況。ついにはげほう頭の岩松は生き神様、生き仏様にまつり上げられる。

 そこでまたひと儲けを考えた番頭、「旦那はん、あちこちでやっている出開帳のようにげほうの出開帳ちゅうのやろまへんか。お腫をなめてもらいに来る人のほかにも一目、生き仏さんを見ようと大勢来やはりまっせ」で旦那もすっかり乗り気。

 適当な場所を借りて、お供えやら線香、蝋燭などをそれらしく並べて、通路は一方通行、「右、参詣道 左 下向道」なんかにして、丁稚が大声で、「さあさあ、めったに見られへん、生き神、生き仏さんの出開帳だっせ」、これが大評判、大坂中、そのまた近郷近在からゾロゾロと見物人が絶えない。

 一方の奥に鎮座されられた生き神、生き仏のげほう頭の岩松さん。絶え間なく流れて行く見物人を前にして座ったまま動くこともできず、うず高く積まれたお供え物をつまむこともできずに腹はペコペコ、ひだるく(ひもじい)てしょうがない。

番頭 「正面に安置したてまつるが、げほうさん・・・近う寄って、御拝とげられましょう」

岩松 「げほうは・・・ひだるい、ひだるい」(左ィ・ひもじい)



福禄寿(外法さん)の頭を剃る大国さん



「薬の町」道修町旧小西儀助商店(薬種商))
紀州街道➀


少彦名神社
「薬の神」として医薬関連の会社・関係者などの信仰を集めている。
左は「くすりの道修町資料館
参道入口に道修町を舞台にした小説「春琴抄」の碑が立つ。


少彦名神社



船繋ぎ岩 「説明板」 《地図
姫路城下と飾磨津を結ぶ船場川の舟運の船止め用の石。今は庭石となっている。
ここは江戸時代には「せんざき屋」という大商家があった。
山陽道(加古川駅→出雲街道分岐地点)』

飾磨津は枕草子に、「市は辰の市・・・飾磨の市」とあり、
謡曲「熊野」(ゆや)にも、「・・・おりゐの衣播磨潟、飾磨の徒歩路清水・・・」とある。



熊野の長ふじ 「説明板
熊野(ゆや)御前の物語
姫街道②






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