「橋場の雪」(夢の瀬川)


 
あらすじ 冬の寒い昼下がり、ある商家の若旦那の徳三郎が炬燵でうたた寝をしていると、こっそりと幇間の一八が入って来る。

一八 「今日は向島の植半吉原瀬川花魁と逢うお約束だったじゃありませんか」、すっかり忘れいた徳三郎は一八に瀬川花魁を引き留めておくように言い、女房のお花に気づかれないように家を出る。

 瀬川のことを思っていてうっかり吾妻橋を渡りそこねて、橋場の渡しから舟で向島へ渡ろうとするが、ちょうど渡し舟が出てしまった。仕方なく土手で待っていると曇り空から白い物が落ちて来たと思ったら、たちまち本降りの雪になってしまった。

 傘は持って来ず、下は草履履きで寒くてどうしたものかと困っていると、誰かが渋蛇の目の傘を差しかけてくれた。見ると三十でこぼこの粋な年増女で、お湯の帰りのようだ。礼を言うと、
橋場の女 「急な雪でさぞかしお困りでございましょう。失礼ですが実はあなた様は三年前に死に別れた亭主に生き写しでございます、是非、家へ来て雪の降り止むまでお茶など差し上げたいと存じます」と誘う。

 徳三郎が向島へ行くか、この色っぽい女の家に行くか迷っているところへ渡し舟が戻って来た。ここは瀬川との約束優先と向島へ渡って、植半に行くが一八は来てなく、瀬川も吉原に帰ってしまったという。帰ろうとするが早じまいしたのか船頭がいない。

 吾妻橋まで歩くしかないかと思っていると、小僧の定吉が傘と雪駄を持って立っている。定吉は親父が深川の船頭で、こんな渡し舟なら朝飯前でも漕げると言い、二人は対岸へ向かう。

 定吉は若旦那が漕ぐと同じところをグルグル回ってしまうとか、こうもり傘が石垣の間に挟まってしまうなんて減らず口をたたきながら上手に漕いで行く。

 定吉は目ざとく二階から手を振っている女を見つける。定吉に舟を向こう岸に戻して帰るように言い、漕ぎ賃と口止め料、三円ふんだくられたが、徳三郎は喜んで女の家に迎い入れられた。

 お茶のはずがお酒となって、雪は止むどころか激しくなって、やらずの雪になっちまった。話もはずんで徳三郎すっかり飲み過ぎて酔ってしまう。隣の部屋に敷いてある布団に入ろうとすると床の間の短冊が目に入った。何が書いてあるのかと見ると、「恋はせで身をのみこがす蛍こそ」、なるほど上手く詠むものだと感心して布団に入る。

 すると唐紙がすーっと開いて、緋縮緬の長襦袢姿の女が横から入ってきて、「あなたぁ、あなたぁ・・・」、・・・「あなた、あなた!」とお花に揺り起こされた。

 徳三郎が天狗にさらわれるのは御免と、今見た夢の話をするとお花の目尻はキリキリと上がり、ついには大声で泣く出す始末だ。

 店にも届く夫婦喧嘩に呆れた大旦那が来て、お花の話を聞いて、そりゃぁお前が悪いに決まっとると徳三郎を責める。可哀想なのは定吉で、
大旦那 「おい、なぜお前は余計なことをしたんだ、舟なんか漕ぎやがって・・・」と、ぽかぽかとぶたれる始末。

 やっとみんな夢の話と分かると、大旦那は夫婦喧嘩は犬も食わないとはよく言ったもんだと呆れて退散。どっと疲れが出た徳三郎は定吉に肩を叩かせる。叩き賃と大旦那にぶたれ賃をせびる定吉に、

徳三郎 「さっき三円やったばかりだろ」と、しらばっくれか本気なのか、定吉にはとんと納得が行かない。そのうちに定吉は肩を叩きながら居眠りを始めた。

 すると何を思ったのか一緒に炬燵に入っていたお花が大旦那を呼びに行く。
お花 「若旦那がまた橋場の女のところへ行きます」

大旦那 「えっ、やっぱりそうか、夢にしちゃぁはっきりしてし過ぎていると思ってたんだ。もう勘弁しませよ」と、すごい剣幕で座敷に来ると徳三郎は炬燵に入っている。

大旦那 「なんだ、定吉に肩叩かせているじゃないか」

お花 「いいえ、定吉がまた舟を漕いでいます」



    



橋場雪中

橋場・今戸
        



橋場の渡し跡あたりの隅田川(白髭橋から下流方向) 「説明板

「橋場の渡し」(「絵本江戸土産」広重画)


思河・橋場の渡し(『江戸名所図会』)
上部の歌は、「うき旅の道にながるる思ひ川 の袖や水のみなかみ」
室町時代の紀行文『廻国雑記』の道興准后の歌。
思ひ川は音無川から分れて隅田川に注ぐ川。
思川と旧日光街道との交差地点に泪橋か架かっていた。



橋場不動尊(砂尾山不動院・浅草名所七福神の布袋尊)
隅田川往来の目印しなったという大イチョウがそびえる。



植半(植木屋・木母寺)
将軍徳川家光の頃に木母寺境内で参拝客を相手に掛茶屋を開いたのが始まり。
花見小僧』(おせつ徳三郎 上)にも登場する。

江戸の名物、名店」・「木母寺内川御前栽畑(植半)」(名所江戸百景)





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