★あらすじ 昔は何か空想的な突拍子もない話をすると、「そんなことを言うと長崎から赤飯が来る」と言った。
日本橋金吹町の質両替商、金田屋の大旦那の金左衛門は息子の金次郎を勘当してからというもの寂しくてしようがない。てっきり音信不通、行方知れずと思ってあきらめてはいたが、ある日、かみさんとは手紙のやりとりをしていることを知る。
その手紙の中には、「・・・御父上様、ご眼病の由、・・・驚き入り候えども、遠路のこと故、丸山の梅園身代り天満宮へ日参いたし候・・・」などと書かれている。かみさんは、勘当された金次郎を伊勢の弥左衛門のところへ預けた。商用で長崎に行く弥左衛門について長崎に行った金次郎は、廻船問屋の長者屋の一人娘、お園に惚れられて養子に入り、もうすぐ子どもが生まれると、打ち明ける。
かみさん 「・・・あたしもそろそろお暇をいただいて長崎の方へまいりたいと・・・」なんて、金左衛門をあわてさせたりする。金次郎の居所がわかった金左衛門は番頭の久兵衛を呼んで、息子を長崎から呼び戻す作戦を練る。
久兵衛は金左衛門が大病で明日をも知れぬ身体との手紙を書き、早飛脚で長崎に届けさせた。びっくりした金次郎、身重のお園は心配だが、父親の死に目に会えないのは不孝を重ねることになると、お園に宛てた手紙を手文庫に入れて、黙って江戸へ旅立った。
帰って見れば金左衛門は元気で拍子抜けだがひと安心、だが、今度は長崎のお園ことが心配になって、
金次郎 「もう一度、長崎に行って子どもが生まれましたあと何とか話をつけてからこちらへ帰り、孝行を尽くしたいと・・・」、一方、金左衛門はずっとこのまま江戸に引き留めておきたくなるのは人情というもの。また、久兵衛に相談すると、
久兵衛 「一度長崎に帰ったらもうこちらへはお戻りにならないでしょう。・・・若旦那にこちらでお嫁さんをもたせておしまいなさい」
金左衛門 「だって、長崎に嫁さんが・・・そうかそれしか手はないか、そいじゃ急いで嫁を探しておくれ」、これからあちこちに話を持って行く。まもなく、金田屋の出入りの背負小間物商の重兵衛が、八丁堀岡崎町の町方取締り方の渡辺喜平次の娘、おいちとの縁談話を持ち込んだ。喜平次は町家でも相当な家であれば嫁がせてもいいというのだ。
早速、金左衛門は渡辺家を訪れておいちさんに会って、その器量の良さ、武家の娘の品格の高さに惚れ惚れ、「もし、倅がいやだというなら、あたしがもらってもいい」なんて、図々しいことまで言っている。金左衛門は金次郎の気持ちなんぞはそっちのけで、おいちとの縁談を進めてしまう。
一方、遠く離れた長崎のお園は、急に金次郎の姿が見えなくなってあちこちと尋ねたが分からない。手文庫の手紙を見て江戸に行ったことを知り、婆やに相談する。
婆や 「金次郎様はもうこちらへは帰ってはいらっしゃいませんよ。私がお供いたしますから江戸にお迎えにまいりましょう」ということで、身重のお園と婆やは、書置きを残して江戸へと旅立った。 途中で婆やとははぐれてしまい、女の一人旅となってしまって危ないので、雲助や胡麻の灰から身を守るため乞食同様の姿に変装し顔も汚して、ひたすら江戸を目指して行く。
やっとの思いで江戸に入り、金吹町の金田屋の前に立った時には嬉しさと、安堵から乞食の身なりを変えるのも忘れて店へ飛び込んでしまう。小僧の定吉に物乞いと間違われて追い払われそうになりながらも、なんとか番頭の久兵衛に会って、長崎から出て来たことを話す。
びっくりした久兵衛から話を聞いた金左衛門が格子から覗くと、腹ぼての女乞食が店の隅に座っている。困ってうろたえる金左衛門に、
久兵衛 「若旦那は死んだことにして追っ払いましょう」と、むごい提言をする。
金左衛門 「仕方ない、お前、うまくやっておくれ」、久兵衛は顔をくしゃくしゃにして本当に泣きながら、「若旦那はお亡くなりでございます・・・」、気を失いかけて、
お園 「・・・せめてお墓にお参りを・・・」
久兵衛 「おい、定吉、菩提所の深川の霊厳寺へお連れして・・・」、定吉は何を言われているんだかわからずキョトンとしていると、外出していた金次郎が帰って来た。だまされたと知ったお園さんは金次郎の胸倉をつかんで、
お園 「あんたは・・・死んだなんて言って・・・」、乞食姿、顔も泥だらけででもそこは夫婦の仲、すぐにお園と分かった金次郎はお園を抱えて湯殿できれいさっぱりに身体を洗い、着物を着替えさせて、手を引いて両親の目の前へ。
あまりのお園の変わりように目を白黒させていた金左衛門だが、もう二月足らずで孫の顔が見られると聞いて、おいちとの縁談話などすっかりその気も失せてしまった。ちょうどそこへおいちとの婚礼の日取りを決めに重兵衛がやって来た。可哀想なのは番頭の久兵衛だ。おいちとの縁組は永久に延期なんて言ったもんだから、重兵衛からこっぴどく殴られて泣きっ面だ。
重兵衛から話を聞いた渡辺喜平次が金田屋に乗り込んで来る。ずかずかと奥座敷に入って、
喜平次 「長崎からまいったという婦人はお前か。ちと取り調べたき事がある」と、有無を言わさずお園を引っ立てて行った。困った金左衛門 「久兵衛、これから渡辺様へ行ってよくお詫びをして、この二百両をお渡しして、お園さんを連れて帰って来ておくれ」
損な役回りばかりの久兵衛、今度は殴られるだけではすまないんじゃないかと、びくびくで渡辺家の門をくぐった。案の定、二百両は突き返され、さらに、
喜平次 「お園というのは何だ。長崎から来るわけがなかろう。・・・東海道へ来れば今切の関、さらには箱根の関所がある。”入鉄砲に出女”と言って、女人の通行は厳しく取り締まれておる・・・急ではあるが今日は日取りもよく、今宵、いちの輿入れをいたすから、さように取り計り願いたい。すぐ立ち帰ってその事をお告げ下さるよう・・・」、急いで久兵衛は店へ立ち帰って、おいち輿入れの件を報告する。
金左衛門 「う~ん、じゃあ今夜婚礼か。・・・たいした支度はいらないよ。蛤のお吸い物なんざ贅沢だ。蜆(しじみ)のお汁にでもしときな」、それでも店の者総出で松屋橋まで、おいちの駕籠を迎えに行く。
さて、金田屋の座敷で婚礼が始まった。
喜平次 「・・・不束(ふつつか)な者ではあるが手前の娘いち、末永く供白髪まで添い遂げていただきたい。・・・」、扇子でおいちの綿帽子をぱっとはねのけると、
金次郎 「・・・あっ、おまえはお園・・・お父っつぁん、お園ですよ・・・」
金左衛門 「あぁ、こりゃどうも、お料理が粗末過ぎるじゃないか。すぐ取り替えるように・・・」、さすが両替商で現金な親父だ。
喜平次 「・・・お園どのを連れ帰って取り調べたところ・・・夫恋しさのあまりはるばる長崎から艱難辛苦・・・思えば貞女・・・娘いちは以前より剃髪をしたいとの望み、尼になるという・・・これも定まる因縁というもの・・・聞けば長崎では跡目を継ぐ者がないとのこと。このいち(お園)の腹より生まれた子は男女を問わず長崎につかわし、当家は金次郎夫婦が相続をいたしたならば、両家ともよろしからん・・・」と、目出度し目出度し。
月満ちて生まれた子は金太郎と名づけて、長崎の長者屋へ跡取りとして送り届けた。
今年は金太郎の初節句というので十軒店で人形を買って長崎に送ってやった。その返礼に届いたのが、「長崎の赤飯」だったとか。
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