「さんま火事」


 
あらすじ 長屋の連中が揃って大家のところへ知恵を借りに来る。けちでみなが吝い屋(しわいや)と呼んでいる家主の油屋のやり方があまりにも汚いので癪にさわってしょうがないと、愚痴を並べ立てる。

愚痴(其の一):三年前に長屋中で潮干狩りに行って採った(はまぐり)の殻を路地に捨てたら、吝い屋の番頭が怒鳴り込んで来て足でも切ったらどうするんだ。捨ててあげるから家の裏口まで持って来いと言うんで、みんなで貝殻を裏口へ持って行った。その年の暮れに吝い屋で、ひび・あかぎれの妙薬というのを売り出した。これが捨てた蛤の貝殻に入っている油薬だ。自分の所で銭儲けに使うものを、長屋の者をおどかして裏口まで運ばせていたという、ちゃっかりした話。

愚痴(其の二):長屋の子供たちが吝い屋の壁へ落書きをしていると、番頭が落書きをするなら庭に大きな石があるからと言って子どもたちを庭に連れて行った。ところがこの石は真っ白で、白墨や蝋石じゃ何を書いたのか分からない。番頭は子どもたちの家からを持って来させて書かせて、少し書くと番頭が出て来てここでご用をするから炭は預かると言って取り上げて子供たちを追い出した。番頭がいなくなると子供たちは家から炭を持ち出してまた落書きを始めた。するとまた番頭が出て来て、ここでご用するからと言って炭は預かってあげようと言って集めちまった。二、三日するうちに長屋中から炭が消えて、吝い屋の物置に炭俵が三俵増えたという、せこい話。

愚痴(其の三):三、四日前に番頭が来て、うちのお嬢さんが、前の空き地に高価な(かんざし)を落とした。このかんざしを拾ってくれた方には、莫大なお礼をしたいと言う。長屋中の連中は莫大なお礼目当てに草ぼうぼうの空き地の草刈りをして探したがかんざしなんか出てこない。今朝、吝い屋の前を通ると、主人が前の空き地の草をむしるのは、大分費用がかかると思っていたが、お前の働きで、長屋の連中にただで草をむしらせることができた。番頭にご苦労ご苦労って言っていたという、骨折り損のくたびれ儲けの話。

愚痴(其の四):悔しくてしょうがないので宗助さんが、唐茄子をくり抜いて中に蝋燭(ろうそく)を立て、目鼻を付けて竿の先に吊して、夜中に手水場に行く吝い屋の鼻先に吊して脅かそうとした。吝い屋はそれを手にとって眺めていたが、竿から外して持って行ってしまった。翌朝、番頭が来て、奉公以来三十年、はじめて唐茄子が朝飯に出たと涙を流して喜んで礼をした。今度は晩飯に鯛と蝋燭ももっと長いやつを頼むよ、とニヤニヤしながら帰って行った。

八公 「そんなわけで長屋中、癪にさわってしょうがねえ。吝い屋の親父と番頭がびっくりして泣きっ面かくような仕返しをしたいんでさぁ」、ここでまた宗助さんが口をはさむ。

宗助 「どうです油の詰まった三番蔵にでも松明に火付けて投込んだら」、やっぱり宗助さんは黙っている方がいいようだ。

八公 「火付けはまずいけど吝い屋の前で火事だ!火事だ!って騒ぐのはどうです?」

大家 「火事でもないのに、火事だと騒ぐのは良くない。吝い屋の晩飯時に長屋十八軒そろって秋刀魚(さんま)を焼こう。一軒、三匹づつ、裏の空き地に七輪並べて一斉に焼くんだ。そこで、声の大きい熊さんが小さな声で、魚竹じゃあ間に合わない、その後で大声で、河岸だ!河岸だぁ!と叫ぶんだ。河岸を火事と聞き間違えるのは向こうの勝手。火事だってんで、家中ひっくり返るような騒ぎになって、皿だの茶碗だの丼(どんぶり)なんか壊したら、みんなで手を打って笑ってやろうじゃないか。どうだい」

 無論、異存のあるはずもなく長屋の連中は大賛成の大乗り気。早速、善は急げ?で実行に取り掛かる。吝い屋ではタクワンを貴重なおかずにして晩飯を食い始めた。そこに、「河岸だ!河岸だ!」の声とともに五十四匹分のさんまの煙がもうもうと入って来て、「蔵の目塗りだ!」、「バケツに水だ!」、なんて大騒ぎの大パニック。

 だが、どんな店にも利口者がいるもんで、煙の匂いに気づき、空き地でさんまを焼いているのを見つける。ほっとして、

吝い屋 「うん、この煙はさんまだよ、さんま。思い出しましたよ。ずっと前に石町さんでいただきましたよ。美味い魚なんだよ。あれから食べたいなあ、食べたいなあ、とずいぶん夢にも見ましたけどね。・・・ああ、みんなぼんやりしてちゃいけない。早く茶碗にご飯をよそって・・・」、「旦那、タクワンを・・・」

吝い屋 「そんなもんいりゃあしないよ。この匂いをおかずに食べちまおう」



    




品川汐干狩之図(広重)

品川汐干」(『江戸名所図会』)


        

630(2018・1)




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