★あらすじ 無尽が当たったが、「江戸っ子の生まれぞこない金を貯め」と言われたくもなし、宵越しの金を持たないのが江戸っ子と、友達三人と京見物に行こうということになった。
東海道を西へ、高輪の大木戸で見送りの連中と別れ、品川宿を素通りし、涙橋を渡って鈴ヶ森から六郷の渡しを渡って川崎宿を過ぎ、夕暮れ方に神奈川宿に入った。
羽沢屋という旅籠から声を掛けられ泊まろうとすると、辰公だけが義理のある宿に泊まるという。去年、五人で行った大山詣りの帰りに泊まった宿で飯盛女が四人しかいなく、女の方から男を選ばせたら、あぶれたのが辰公。
辰公の話によると、すねてやけ酒を飲んで帳場に怒鳴り込んでいると、止めに入ったのが粋な年増女。今夜、私のところへ忍んで来てと言われ、喜んで飲み過ぎて朝まで寝込んでしまった。諦めきれない辰公は廊下を這って、女のところへ行ったという。熊さん「それで夜這いは上手くいったのか」、辰公「ああ、でも朝這って行ったから朝這だ」(以上、発端・朝這い(神奈川宿))
今日は小田原宿の鶴屋善兵衛に泊まると決めているが、熊さんが「腹が減った」の言い通しで、半ちゃんは足に豆をつくって、足を引きずっている。足元につけ込んだ馬子が寄って来た。馬に乗ってくれとしつこいので、辰ちゃんがいくらで宿場までやると聞くと、
馬子 「じゃあ、宿場までやみ(三百文)でどうかね」
辰公 「そりゃだめだ。月夜にまけとけよ」
馬子 「なんだね、その月夜ちゅうのは」
辰公 「月夜に釜で、只だ」
馬子 「とんでもねえ、じゃあ、じばではどうかね」
辰公 「じゅばん(襦袢)じゃ高いから、股引(ももひき)にしろ」
馬子 「なんだね、その股引てえのは」
辰公 「お足が二本へえるから二百だ」
馬子 「おう、二百か、まけますべえ」で、交渉は成立したが、
辰公 「さっきの、じばってえのはいくらだ」
馬子 「やっぱり二百だ」で、言い値で全然まけてない。馬に反対向きに乗って、首がねえと叫んだり、馬と掛け合いでブーッとおならをしたり、その道中の賑やかなこと。
見ると半ちゃんの乗った馬だけが遅れている。足を引きずっていた半ちゃんが乗っているのがびっこ馬でお似合いだ。
半ちゃん 「この馬やたらとお辞儀をするから礼儀正しい馬と思ったが、ひでえ馬に乗せやがる。でも、馬子さん、この馬おとなしいんだろ」
馬子 「えらく癇癪餅で、むやみやたらに駆け出すこともある。この間もおらが叱ったら客を乗せたままいきなり駆け出した。おらあついて行けずに手綱を放したらどこかへ行っちまって日暮れ時に戻って来た。客はどうなったか分からねえ」
半ちゃん 「そんなこと、めったにはあるめえ」
馬子 「そりゃそうだ、せいぜい日に一ぺんだ」と、からかわれ、おちょくられて本気にして、
半ちゃん 「下ろしてくれ、下ろしてくれ!」と叫ぶばかり。
そうこうしているうちに小田原宿に入った。字の読めない三人はどこが鶴屋善兵衛だか分らず。「・・・鶴屋善兵衛・・・鶴屋善兵衛・・・」と大声で話しているうちに宿はずれまで来てしまって引き返す有様。やっと鶴屋善兵衛の客引きに拾われて宿へ入った。
女中が熊さんの足を洗いながら、「あれまあ、おめえさまの足を見ると、おら、家(うち)のことを思い出してなんねえだ」
熊さん 「・・・俺の足がおめえの色男の足に似ているか」
女中 「そうではねえ、父っつぁまの引(ふ)っ張って歩く馬の足にそっくりで・・・」
熊さん 「姐(ねえ)さんの年は幾つだい」
女中 「じょうご」
熊さん 「年は漏斗で名前はお鍋か、そりゃ幾つだ」
女中(指を折りながら) 「じょういち、じょうに、じょうさん、じょうし、じょうご・・・」
熊さん 「なるほど分かった十五、お前より大きい姐さんがいたろ。あれは幾つだ」
女中 「じょうはち」
熊さん「それじゃあ城木屋の番頭の丈八さんだよ・・・」
風呂が先か飯が先かで揉めたりして夜を迎えた。(以上、鶴屋善兵衛)
男三人の旅、今夜はこの地でおしくらと呼んでいる飯盛女を買おうと、今度は揉めずにすぐに意見は一致。辰公が帳場へ行くと、今夜は混んでいておしくらは二人しか手当できないという。それでは駄目だと言うと、年取った尼さんなら呼べるという。
辰公は策略を考えて二人に話す。おしくら二人は田舎の女、もう一人は江戸から流れて来たもとは芸者の年増女で、ここはやっぱり、三人の中で一番の色男、色事師の半ちゃんが江戸女の相手だとおだてて、半ちゃんは納得、ご満悦だ。これで話はついて三人はそれぞれの部屋に引き上げた。
烏カアーで夜が明けて、江戸の女ならぬ尼さん婆を当てがわれた半ちゃんの怒ること、怒ること。でも後の祭り。
辰公と熊さんは知らん顔で、相手のおしくらに「昨夜は世話になった。これでかんざしなり髪につける油なんかを買ってくれ」と、チップを渡し、半ちゃんに「お前も、いくらかやったらどうだい」、
人のいい半ちゃん「・・・ゆうべは世話になったな。これでかんざし・・・、髪につける油・・・、まあ、油でも買って、お灯明でも上げてくれ」(以上、「おしくら」 この部分は上方の『東の旅』の『尼買い』と似たような話)
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