「御膳汁粉」


 
あらすじ 徳川幕府から明治維新となり、今まで禄をはみ扶持米で生活していた武家も生計が成り立たなくなる。そこで始めたのがいわゆる士族の商法だ。

 もとは武家の一家。何か商売を始めようと相談。
主人 「料理屋を始めようと思うがどうじゃ」

奥方 「お魚の仕入れが大層むずかしく、夜更けまでの商売で身体によくありません」

主人 「それでは小間物屋はどうじゃな。綺麗でよかろう」

奥方 「数が多いので売る時に値段が覚えきれませぬ」

主人 「焼き芋屋はどうかな」

奥方 「食べるだけなら結構でございます」

主人 「風呂屋は・・・」

奥方 「どうも番台は旦那様にはお目の毒かと存じます」

主人 「西洋料理なんかはどうじゃ」

奥方 「めっそうもござりませぬ。異国の毛唐の料理の商売で今日を凌(しの)ごうなどという不心得は誠に情けのうございます。どうしてもというお考えであれば、私は自害いたします」と、だんだんと商売からは遠ざかって行くようだが、

主人 「そうだな、汁粉屋はどうだ」

奥方 「あれまあ、それは結構、家族全員が大好物で・・・」

主人 「我々で食べるのではない。商法にするのだ」

奥方 「それでもあなたちょいちょい・・・」、それでも何とか汁粉屋に決定。旦那は「御膳汁粉」と書いた大きな看板を屋敷の門へ堂々と掲げた。

 幸か不幸か、ちょうど通り掛かった熊さん、この看板を見て、「おやおや変われば変わるもんだ。”時世時節とあきらめしゃんせ 馬に乗る殿 汁粉売る”か」、御膳汁粉とやらを食べて話の種にでもしようと、看板だけであとは暖簾も掛かっていない門を入って、

熊さん 「お頼み申します」

取次ぎ 「どーれ、何じゃ」

熊さん 「お汁粉の看板を見て・・・」

取次ぎ 「その方、汁粉を食(しょく)しに参ったのか?」

熊さん 「いやぁ、食べに参ったので・・・」

取次ぎ 「暫時、そこに控えていろ」、するとそこへ現れたのが当家のお嬢様。

お嬢様 「お汁粉を食べに参ったのはお前かえ」

熊さん 「うへぇー、あっしでございます」

お嬢様 「こちらへ上がれや。履物を持って上がらんと犬がくわえて行くぞよ。さあ、謹んで通るがよい」

 熊さん草履を懐に入れて、「へぇーっ、謹んで通ります」

お嬢様 「この座敷でしばし待たれよ」と、また待たされる。次に来たのが強面のおっさん。

御用人 「ああ、汁粉が食したいと申すはその方か。住所姓名を尋ねる」

熊さん 「汁粉食べるのに一々、所と名前を言うんですかい?」

御用人 「ご当家の家法だから仕方ない。不届き者が参って盗みを働かんとも限らぬ」

熊さん 「どうも驚いたね。へえ、神田小川町の熊五郎・・・」

御用人 「あい分かった。当家には御膳汁粉と田舎汁粉があるがいずれを食すか?」

熊さん「へえー、それでは御膳の方を二杯ばかり・・・」

御用人 「二杯、それは駄目だ。二杯でも十杯でも作る手間は同じだ。二杯ぐらいの商いでは当家に利益は出ない」

熊さん 「それではどれくらい食べたらよろしいんで?」

御用人 「十杯食え」

熊さん 「十杯!・・・一杯いくらで?」

御用人 「一杯一分じゃ」

熊さん 「えっ、お椀一杯ですよ、手桶じゃござんせんよ。高過ぎますよ」

御用人 「なに!高いと申すか。もっと前へ出ろ!・・・王政復古の御代となり・・・我々旗本八万騎は士族と言う称号を賜り・・・高いなどとは不届き千万なやつだ。今一言申して見ろ、ここままには捨て置かんぞ」

熊さん 「分かった、分りましたよ」

御用人 「よおし、汁粉の値段が承知とあらば、これから汁粉の製造に取り掛かるから、しばしここに控えおろう」と、まるでお白洲で待っているような心持だ。

 さあ、台所では奥方、お嬢さん、隠居の婆さんで汁粉作りが始まった。「・・・粉をかき回して・・・丸めて・・・そんな大きいのは・・・町人が食べるのだから少しぐらい生煮えでも・・・」なんて、まるで戦場の炊き出しのようだ。何もできない主人は高見の見物だ。

 ようやく出来上がった汁粉のお盆を、さすが武家のお嬢さん、礼儀正しく目八分に畳の縁を踏まないように、しずしずと持って来た。

お嬢様 「さあ、町人遠慮なく食べるがよい」

熊さん 「ははぁーっ」

お嬢様 「わらわはここで見届けております」と、両手をついて見守っている。それでもいい加減待たされ熊さんは汁粉にぱくついたが、

熊さん 「・・・お嬢様、どうもこれはまだ餅も小豆も硬くて・・・生でございますが」

お嬢様 「半熟の方が身体によい」

熊さん 「・・・このお汁粉全然甘くございませんが、小豆と砂糖と塩はどんな割合で・・・」

お嬢様 「小豆が一升、お砂糖が二勺・・・」

熊さん 「それじゃあ、お天気続きで雨っ気(甘っ気)なしで・・・塩はどの位?・・・」

お嬢様 「八合五勺」、こんな調子で士族の商法の第一弾、「御汁粉」はあえなく失敗。でも懲りずに士族家族は今度は鰻屋に挑戦だ。『鰻屋』・『素人鰻


  

落語『ぜんざい公社
        






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