「身投げ屋」


 
あらすじ 与太郎が下を向いて何か探しているように歩いて来る」

勝さん 「何探してんだ。落とし物か?」

与太郎 「百円ばかり入ったガマ口」

勝さん 「百円、そんな大金どこで落としたんだ」

与太郎さん 「どっかに落こってねえかなあと」

勝さん 「そんな馬鹿な事言ってないで働きな。稼ぎに追いつく貧乏無しだ」

与太郎さん 「それが、おれより貧乏神の方が足が早えや。働いてもすぐ追いついて来やがるから、働かずにいたらずっと先に行っちまうだろう」

勝さん 「そんなら、楽な仕事教えてやろう。夜中に両国橋からドカンボコンをやるのよ」

与太郎さん 「なんだいそのドカンボンてえのは?」

勝さん 「大川へ身投げするのよ。向こうから身なりのいい人が来たら、頃合いを見計らって飛び込む振りをするのよ。きっと止めて訳を聞くだろうから、借金がふくらんで、にっちもさっちも行かなくなりました。いっそのこと死のうと・・・なんて言うんだ。きっと金で済むことならと、いくら要るんだと聞いて来る。そしたらよくその人の身なりなどを見て金の額を決めるのよ」

与太郎さん 「面白そうだな。でもそうならなかったらどうする?」

勝さん 「ならなくたって、元っこじゃねいか。次の獲物を待ってりゃいいんだ。上手く行ったら泣きまねして礼を言いやいいんだ」、よし、やって見ようと与太郎さん、夜中に両国橋までやって来た。こんな時間に橋を渡って行く身なりのいい人などおらず寒くてしょうがない。

 それでも立派な身なりの人が来たと思ったらお巡りさん。やっと待つ甲斐あって、帽子を被った身なりのいい紳士がやって来た。

与太郎 「・・・南無阿弥陀仏」と、欄干を乗り越える振りをする。

紳士 「これ、これ、君、君、待ちたまえ!」と、引き止める。「死なせてください」

紳士「君はなぜ、死にたがるんだ?」

与太郎 「借金で首が回らなくなって・・・」

紳士 「何だ金か、金で人の命が救えるなら・・・借金はいくらだ?」、ここが肝心と与太郎さん、紳士の頭の先から足の先までをよーく見て値踏みする。

与太郎さん 「時計はありますか?」

紳士 「ほれ、この通り舶来の金側だ」で、着物と羽織で五十円、時計が五十円と踏んで、

与太郎 「ええ、借金は百円で」

紳士 「君は百円あれば死なずに済むんだね。・・・今は五十円しか持っていない。これで片はつかないかね?」

与太郎 「それは駄目です。一銭たりともまかりません」

紳士 「道具屋かなんかで値引きの交渉しているみたいだな。それじゃ明日、家(うち)に来なさい。その時に残りの五十円をやろう」、親切と言うか、人が好過ぎると言うのか。きっと、こういう人が何度も振り込め詐欺に遇うのだろう。

与太郎 「証拠に名刺かなんかください」で、見事、現金五十円と五十円の証文代わりの名刺をゲット。いつもの与太郎さんとは違う働きぶりだ。

与太郎 「命を助けて頂き、お金までもらって有難うございます。この御恩は・・・」と、涙声を出すのも忘れない。これで帰ればいいものを身投げ屋の味をしめたか与太郎さん、次にやって来たに狙いをつけて飛び込もうとすると、

男 「待て、待ちやがれ!」と、いきなり頭にポカリときた。見ると気の荒そうな酔っぱらったおっさん。

男 「・・・借金ぐれえのことで。・・・いくらだその借金は?」、こいつからはたいしてふんだくれないと、

与太郎 「へえ、二円もあれば・・・」、「なに!たったの二円!」、「いえ、四円で」、「四円ばかりで何だ」と、だんだん吊り上がって行って、

与太郎 「十円あれば・・・」、男は懐に手をつっこみ、「無い、無(ね)えよ。仕方ねえから死んじまえ」とは恐れ入った。それでも三銭出して男は行ってしまった。

 与太郎さん、今日はこの辺で店仕舞いと帰ろうとすると、親子連れがやって来た。男の子が目の見えない父親の手を引いているようだ。橋の真ん中あたりまで行くと、

父親 「・・・お父(とう)さんはここから飛び込んで死んじまうから、お前は立派な人間になって・・・」

子ども 「嫌だよ・・・お父(とう)さんが死ぬなら僕も一緒に死ぬ・・・」

与太郎 「おや、ありゃあ本物だよ。ほんとの身投げ親子だよ。・・・困ったね、変なもんに会っちゃたよ」、親子が飛び込みかけるを、

与太郎 「ちょっと待って」と引き止め、「金だろ、金が無くって死ぬんだろ・・・よーし、ここに金がある。これをくれてやるから死ぬのは止めな」と、今日の稼ぎを差し出す。

父親 「いいえとんでもない。見ず知らずのお方に・・・」だが、子どもは「おじさん有難う」と金を受け取る。

父親はなおも子供に返すように言うと、子どもも仕方なく返そうとする。

与太郎 「おれだって江戸っ子だ。一度出したもんをおめおめと引っ込められるか」と、カッコ良すぎる啖呵を切って、その場を去った。

子ども 「あっ、おじさんお金を置いて行っちゃだめだよ・・・お父(とっつ)あん、もうおじさん行っちまったよ」

父親 「ほんとに行ってしまったか?」

子ども 「ほんとに行っちまったよ」、父親は目をぱっちりと開けて、

父親 「よーし、その金持って行け。次は吾妻橋だ」



両国橋

両国橋
       



吾妻橋
落語では身投げの名所で、『文七元結』・『唐茄子屋政談』・『星野屋』・
佃祭』・『お七』ほか多数。

吾妻橋」(『写真の中の明治・大正』)・吾妻橋






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