「茶釜の喧嘩」

 
あらすじ 今日も徳さんはへべれけに酔っぱらって、兄弟分の源さんにかつがれて喧嘩長屋へご帰還だ。すぐに正体もなく泥のように眠ってしまう。

 翌朝、目を覚ますとひどい二日酔いで、見ると枕元に昨日着ていたドロドロになった着物が嫌味に吊り下がっている。

 徳さんは迎え酒を三合ほどやってすっきりさせてから仕事に行くなんて言うが、かみさんのお松さんが許すはずもなく、すぐに「飲ませろ!」、「だめだ!」の喧嘩が始まった。

 毎度のことだが、隣家では朝っぱらからうるさくてしょうがない。「おい、お竹、止めに行け」、「あんたが行きなはれ」、「お前行け!」、「あんたこそ行け!」、ここも喧嘩に火がついて、これが次から次へとつながって、ついには家主のところまで飛び火してきて迷惑千万、堪忍袋の緒が切れて徳さんを呼びつけて、

家主 「もう、店(たな)空けろ!お前ら夫婦で長屋中が迷惑、困ってるんや。それが嫌ならお松さんと別れちまえ、追い出しちまえ。そうすれば誰にも文句言われず、好き勝手に酒は飲めるで」、まっことごもっともと、徳さん家に帰って、「別れるから出て行け」と宣告するが、

お松 「なにアホなこと言うねん。別れるちゅうんなら仲人の先生呼んで来て話つけようやないか」、これもごもっともで、徳さんは仲人の横町の漢学榊原先生のところへ行って、「女房を引き取れ!」と無茶な談判だ。

 だが、そこは漢学の先生、少しもあわてず騒がず、
先生 「・・・酒を飲むのはかまわぬが、もっと上手に飲みなさい。五合飲んでも二合、一升飲んでも五合しか飲んでいないような顔をしなさい。化けるのじゃ、化けろ、化けろ」

徳さん 「なにが化けろ、化けろだ。鍋島の猫じゃあるめえし」

先生 「狐狸の類(たぐい)でも化けるではないか。昔、白面金毛九尾の狐は、唐土(もろこし)では美女、妲己に化けて国を傾け、その後の諸王朝でも帝王をたぶらかし、本朝へ渡り来て宮中に入り込んで玉藻の前と名を変えて災いをもたらした。正体を現した九尾の狐は逃げ出してヤカン(野干・野狐)となって身を隠したが、ついには三浦介義明らに討たれたが、なおも殺生石となって人々を苦しめた。やっと玄翁(源翁)和尚が玄能で殺生石を砕いたという。狐でもこんなにしっかりと化けるではないか。人間の夫婦など一人が化けていればずっと仲良く暮らせるものだ。分かったか、分ったらすぐに帰って化けなさい」

 狐につままれたような説教だが徳さんには、反論するすべもなくすごすごと帰りながら、「こりゃ駄目だ。あんな先生と付き合っていたしにゃ、一生お松とは別れられんやないか。こりゃ仲人変えなあかんで・・・」

 長屋に入りかかると久さんの家で喧嘩しているのに出くわす。「おれに断りもなく喧嘩しやがって・・・」と、仲裁に乗り込んで行くと、なんともう取っ組み合いにエスカレートしている。

徳さん 「おい!やめねえか、お花さん。そんな投げ飛ばしたりして無茶すんな。おめえ身重の身体じゃねえか。・・・やめろ、やめろ!おい、久公、てめえ、酒飲んでるな?」、「おれは下戸だ」

徳さん 「下戸? じゃあ、水たらふく飲んだろ。水一升飲んだら二升、三合なら五合、飲んでなければ三合しか飲んでねえような顔に化けろ。狐だって化けるぞ。ハクベエキンモキュウリのケツネは、トウモロコシ食ってビジョビジョになって抱っこされ・・・ヤカンがやかんに化けて・・・えぇ、もう面倒くせえ・・・おめえも化けろ、化けなきゃいかんのんや」

久さん 「おめえ、一体、なんの話してんのや?」

徳さん 「おれにも分からん、けど、おめえんとこはなんの喧嘩だ?」

久さん 「・・・なんだっけ? お前が来たから忘れちまった、・・・ああ、お花の野郎がもらった茶釜を手入れしないで錆びさせから、小言言ったのが始まりや。おれんとこは茶釜の喧嘩だ」

徳さん 「そうかやっぱり。前からおめえのかみさんは狸が化けたと思ってたんや」

 


    



636(2018・1)




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