★あらすじ 芝宇田川町に住む浄瑠璃の女師匠の竹本小まんは、弟子の大工の政吉といい仲になる。母親の反対を棟梁に取りなしてもらって二人は世帯を持った。
すぐに政吉の怠け癖が出て、小まんは流しに出て生計を立てるようになった。身重の身体になっても一向に政吉は働こうともせずに、酒を飲んでばかりいる。
冬になって寒い日に、
政吉 「今ここでおぎゃあと飛びだしゃぁ金が要る。今夜もう一晩出てくれねえか」
小まん 「馬鹿をお言いじゃないよ。この身体で、こんな雪でも降りそうな日に」
政吉 「今夜は降る気づかいはねえ。どうか品川まで行ってくんねえ。おれが三味線持って行くから」、背に腹は替えられず、芝宇田川町を出て高輪の大木戸の手前あたりまで来るとぱらぱらと雪模様となった。
三味線を濡らさないようにと商家の軒で様子を見ていると、
政吉 「おや、ここは棟梁の出入り先だ。一緒に何度が来たことがある。・・・この雪じゃ品川までは行かれねえや。おめえは先に帰んな」
小まん 「あたしを先に帰しておまえはどうすんのだい?」
政吉 「ここからひとっ走りして川崎の兄貴のとこへ行って金を都合してもらってくらぁ」
小まん 「嘘をお言いでないよ。川崎に兄さんが居るなんて聞いたことないよ。・・・おまえの料簡は分かったよ。この家に泥棒に入ろうっていうんだろ」
政吉 「察しのとおりだ。もし捕まったその時は、やりくりのつかねえ所から貧の盗みに入りやしたと、棟梁の名を出して旦那の慈悲にすがるつもりだ」
小まん 「いかに困っているとはいえ、盗みに入ろうなどとは情けない料簡だよ。棟梁の名前を出したら棟梁までにも迷惑がかかるじゃないか。そんなことも分からないのかねぇ。・・・それじゃいっそのことあたしが入ろう」
政吉 「馬鹿言え、そんな身体で・・・」
小まん 「こんな身体が幸いなんだよ。もし捕まった時はこんな身体で盗みに入りましたのはよくせきの事でございますと言って、このお腹を突き出したらきっと可哀想だと勘弁してくれるよ」、無茶苦茶な話だが政吉も納得して、
政吉 「梯子で土蔵に上って屋根を伝わって台所の上の引窓を開けて紐を垂らしてスルスルと下へ降りればちょうど下に竈(へっつい)がある。そこから店の帳場へ行って箪笥から・・・」
そんなに容易く物事が運ぶはずもないのだが、小まんは言われたとおりに屋根に上って引窓を開けて、紐にぶら下がって降りようとしたが、何せ身重で細い紐だからたまらない。途中で紐はぴつんと切れてしまって落下、竈の角に腰をぶつけた途端に、「おぎゃぁ、おぎゃぁ・・・」
店の主人 「おい番頭さん、なんだか赤ん坊の泣き声がしたようだが?」、番頭と台所へ行くと赤子がいる。
番頭 「おや、引き窓が開いて雪が落ちている。この赤子も雪と一緒に降って来たようです」、なんて呑気なことを言っている。
主人 「こりゃ大変だ。どこの女(ひと)か知らんが目を廻して倒れている。水を持って来い、・・・お~い、大丈夫かぁ、赤子を産んだ、母(かあ)さんやぁ~い」
番頭 「赤子を産んだおかみさんやぁ~い」、これを外で聞いた政吉、「あぁ、大変なことになっちまった。・・・も~し、番頭さん、その女を呼ぶんなら小まんと呼んでくんなさい。どうぞ小まんと言って・・・」
番頭 「何だか知らんが表から親切なお方が教えてくださった。お~い、小まんや~い」、主人も「小まんや~い」、やっと気がついた小まんに、
主人 「これ小まん、しっかりせい」
小まん 「御台様、白旗お手に入りましたか、父(とと)さん母(かか)さん、太郎吉は何処に」
主人 「おお、そおりゃぁ、布引の三(源平布引滝三段目)じゃな」
小まん 「いいえ、細引きの産でございます」
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