★あらすじ 番町の御厩谷(おんまやだに)に住む旗本の梅津長門。四百石取りで無役でひとり者で父親が方々に残してくれた家作の長屋も持っていてその上りもあって暮らしは楽だがやることがない。
ある日、同輩から誘われて初めて行った吉原の大坂屋の花鳥という花魁にぞっこんになってしまう。花鳥のほうでも馬が合うのか、憎からず思って間夫のような仲になる。
金回りのいい梅津の回りには自ずからごろつきどもが集まって来て、屋敷にまで遊びに来るようになって博打場にもなってしまった。
たちの悪い連中が屋敷にたむろするようになって、奉公人たちは去って行き、気がつくと長門も長屋などもすっかりなくなり無一文になっちまった。どうにもならずに御徒町の叔父の所へ無心に行くと、
叔父 「梅津の名を汚しおって、腹を切れ!介錯してやる・・・」で、取り付く島もない。表へ飛び出したが、花鳥に逢いたいと思いながら歩いているうちに坂本の通りに出ている。
前を提灯をつけた二人連れが歩いている。一人は幇間のようで、「・・・あたくしははじめて二百両って大金を見ました・・・」、これが梅津の耳に入った。
大音寺前まで来て梅津は二人の前に出て、
「お手前の懐の二百両のうち、百両だけ貸してはくれぬか」、「ど、ど、泥棒だあ!」、逃げるところをを梅津、後ろから斬りつけた。幇間はとっくに逃げてしまった。
二百両を手にした梅津は何事もなかったように吉原に向かう。この後から来た田中の金蔵という親分の手先の三蔵が、梅津に斬られた死体につまづく。前を行く侍が殺(や)ったと気づいて左脇を駆け抜けて、斬られないように少し行ってから振り返ると、これが顔見知りの梅津だ。
三蔵 「・・・あぁ、こりゃあ旦那・・・」
梅津 「おぉ、三蔵ではないか、この頃は遊びに来ないではないか」、梅津はもう花鳥のことで頭が一杯で、さっきの斬った場所を見られていることなどうっかり忘れていて、そのまま大門をくぐった。
三蔵は梅津が大坂屋にあがって敵娼(あいかた)は花鳥であること突き止め、廓の番所には届けずに、聖天町の金蔵の家に走った。金蔵は吉原に行き、廓の番所とも話をつけて打合せ、大坂屋を捕り方で囲んだ。
金蔵は梅津と一緒にいる花鳥を下に呼び出し、梅津の人斬り強盗の件を話し、召し捕りの協力を頼む。
金蔵「・・・酒をたんと飲ませて寝かせてくれ。大引け過ぎにわぁ~と一斉に踏み込めば、やつは刀は見世に預けて丸腰だ、すぐに御用にしちまうから上手くやってくれ」
花鳥はなんとかして梅津を逃がしてやりたいと納戸から脇差を一本持ちだして懐に隠し、行燈の油を持って二階に戻った。
花鳥 「おまいさん、人を殺してお金盗ったね。見世の回りは捕り方でいっぱいだよ」
梅津 「おおそうか、いよいよ獄門だなぁ・・・」
花鳥 「ここに脇差を持って来たよ。大引け過ぎに捕り方が上がって来たら、行燈倒してこの油かけりゃ火事になるだろう。そうしたら大騒ぎになってみんなわぁ~って逃げるからそれと一緒に逃げておくれよ」
下では梅津はもう袋のねずみ一匹、刀もないし酔って寝てしまえばどう転んだって召し捕れると、前祝の酒盛りが始まってしまった。
さあ、いよいよ大引けとなって、酔っ払った三蔵が一番槍の手柄とふらふらしながら階段を上って花鳥の部屋へ、
三蔵 「えぇ、油を差しにまいりました」と開けて首を出した。待ち構えていた梅津は「えいっ」と斬り下ろす。
それを見て花鳥は行燈を倒し、その上に油をまいたものだからたまらない。すぐにあたりは火の海、あっと言う間に燃え広がって行く。
金蔵たちは「御用だ御用だ」と二階へ上がろうとするが下りてくる客や女たちに踏んづけられ、御用もへったくれもない。
大門は閉められ出口は刎橋(はねばし)しかないのでみんなそこへ殺到する。
「早く、刎橋を下ろせ、下ろせ」、捕り方は、「こら、刎橋を下ろしてはならん!」だが、なにせ多勢に無勢で捕り方なんぞはお歯黒溝(どぶ)に突き落として、みんなで刎橋を引き倒して我先にと渡って外へ逃げ出して行く。
梅津もこのどさくさに紛れて外へ逃げ出した。さてこれからどこへとあたりを見回すと、吉原田んぼの向こうに上野の山が沈んでいる。
吉原の炎で明るくなるや否や、梅津は脱兎のごとく駆け出した。走りに走って根岸の里に来て一息ついた。ひょいと振り返って見ると吉原が赤々と燃えている。あの中に火をつけてまでして自分を助けてくれた花鳥がいる。
「・・・花鳥・・・すまなかった・・・」
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