「羽織の幇間(たいこ)」  林家正蔵(八代目)


 
★あらすじ★ 今は半分隠居の身の幇間(たいこもち)の一八の所へ客が来る。幇間の話を聞きたいという。
一八は自分は元は噺家で、食えなくなり柳橋の師匠に弟子入りし幇間になったいきさつや、幇間とはどういうもので、どんな事をするのかを語り始めるが、客は一八の失敗談やこぼれ話を聞かせてくれという。そこで師匠の家で庭の桐の木の枝を切ってくれと頼まれ、切る枝に乗って切ったため落っこちて怪我をした話、客がくれたサンドイッチを食べたら中に楊枝がたくさんはさんであったいたずらをされた話、客に料亭の庭の池に突き落とされてずぶ濡れにされたら、客は座敷にちゃんと新しい着物を一揃い用意していたことをなどをしはじめる。

ある時、なじみの客のひいさんのお供で向島の料亭へ行った時のこと。
ひいさんの注文で奴さんを踊っていると店の姉さんが入ってきて、玄関にに一八を訪ねて子ども連れの女が訪ねて来ているという。
座敷にあげてみると顔に膏薬を貼った、ひどい身なりの親子だ。女は江尻の在の女でおすわと名乗る。一八を頼って江戸まで出てきたという。
一八が女の顔をのぞき込むとこれが以前、旅先でねんごろになった女。
ひいさんは可哀想だと女に10両を渡す。お前も何かやれと言われ一八は女に羽織をやる。
実はこの女は一八を困らせようと客が三囲の土手から連れてきた女乞食で、客と料亭の仕組んだ茶番、狂言だった。
これを聞いていた客が羽織を一枚、損したろうというと、

一八 「そこに抜かりがありますかい、やったのは旦那の羽織です」


江戸時代の幇間の姿「はてなダイアリー」より


 
★見聞録★ 幇間の登場する落語は、「鰻の幇間」「たいこ腹」「富久」「つるつる」など多いですが、これは短い笑いも少ない噺で正蔵も速記本から工夫してアレンジしたそうです。
前半で幇間になったいきさつや、幇間とはどういうものかを説明し、後半で幇間の失敗談や思い出話を一八にさせています。
昭和38年に演じられたもので、今では演じ手もない珍しい噺でしょう。

幇間(ほうかん・たいこもち)とは、「宴席などで遊客の機嫌をとり、滑稽な動作、言葉によって座をにぎやかにすることを職業とする男。たいこもち。男芸者」
*羽織は、「和服で長着の上に着る丈の短い外衣。胸元で紐で結んで着る。(三省堂大辞林)
*江尻は東海道18番目の江尻宿。駿河では府中に次ぐ大きな宿場だった。清水次郎長の墓、江尻城跡、ちびまるこちゃんランドなどがある。旧清水市、現静岡市清水区。
一八の幇間の師匠が住んでいた柳橋は、神田川が隅田川に流れ込む手前。船宿を中心にして栄えた花街。


   三囲神社(墨田区向島2-15) 《地図

   向島の土手(隅田川から)
   柳橋(神田川が隅田川に注ぐ手前の橋) 《地図
   柳橋の船宿「小松屋」




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