★あらすじ 船場のある商家の旦那のところへ、堺の叔父さんの家から飛脚が来た。大病の叔父さんの容態が悪いので、すぐに来てほしいとの手紙だ。
旦那 「わしゃこれから堺へ見舞いに行かなならへん。見舞いちゅうてもそのままお通夜、葬式てなことになりかねん、紋付の用意をしておくれ。それからな、こんな頭では行かれへんさかい、急いで床屋の磯七を呼んどくれ、磯七、磯村屋をな」
すぐに廻り髪結いの磯七がお得意さんで芝居好きな旦那のところへ、いそいそと喜んでやって来た。早速、旦那の頭に取り掛かるが、すぐに芝居の話になる。
磯七 「・・・忠臣蔵の通しも二年にいっぺんぐらいは出ますけども、今度の中の芝居(中座)ははちょっと違いまっせ・・・」、「ほぉ、どない違うんや?」
磯七 「役者が揃ろとります、顔ぶれが・・・大序からしてよろしおます、”鶴が岡八幡・兜改め”の幕が・・・」、もう磯村屋は止まらない。
磯七 「今度はな、二段目「松切り」が出てまっさかいなぁ・・・憎い師直に見立てた盆栽の松の枝を、刀でシュッと切るとこ・・・」、剃刀を振り回し始めて危なくてしょうがない。
旦那 「まだ月代も剃ってへんのかいな。堺のオッサン九死に一生の大病なんや。早いとこやんなはれ」
磯七 「へい、次は四段目へ・・・」
旦那 「早よやるのは頭だよ。もう芝居の話はするな。黙っておやり」、喋らないでやるのが苦手な磯七、手元も不器用になって不細工の頭が出来上がってしまった。
もう、結い直す暇もなく、
旦那 「えらいこっちゃがな、もう日が傾いてしもてるやないかいな。早いこと駕籠呼んどくれ」、店の者がいつもの駕籠善に頼みに行くと、この頃飛田の森あたりで追いはぎが出るので、こんな時間から堺に行くのはご免と断られてしまった。
旦那 「困ったな、ほな辻駕籠をつかまえて乗って行こ」、店の者が駕籠代をはずんでつかまえて来た辻駕籠に乗ろうとすると、
番頭 「追はぎに着物はがれんように、裸で乗って行きなはれ」、なるほどと旦那は駕籠の布団の下に着物一式、財布なんかを風呂敷に包んで隠して、褌(ふんどし)一丁の姿でいざ出発だ。
さあ、日もとっぷりと暮れて、昔、刑場があった寂しい飛田の森に差しかかった。すると石塔の間から抜き身をぶら下げた浪人風の男がぬっと姿を現した。駕籠屋は、「出たぁ~」と客と駕籠放って逃げてしもた。
追いはぎ 「この時刻にここを通るとは度胸のあるやっちゃ、ここは地獄の一丁目があって二丁目のないとこ、四の五の言わずに身ぐるみ脱いで置いて行け。おい!」、と勢いよく駕籠をめくって、
追いはぎ 「おぉ!もう済んだか」
|