「木の葉狐」


 
あらすじ 江戸が東京と変わった頃は、大名屋敷、旗本屋敷がみな取り払われて、お城の回りもたいそう寂れて、追剥が出るの悪い狸や狐が出るのという噂も広がったほどだ。

 神田の五軒町に住む坂東かなめという踊りの師匠が暮れのある日、四ツ谷の師匠のところで納め浚いに出掛けた。お浚いもよくでき、その後でにぎやかに仲間たちと飲み食いして帰りは夜になってしまった。

 かなめさんは師匠が駕籠を誂えるというのを断り、一人で暗くて薄気味悪い夜道を早足で歩きだした。半蔵門あたりまで来ると前を二人の男がひそひそ話ながら歩いて行く。

弟分 「おい、兄い、このあたりは狐が出るの追剥が出るのというから、新宿へ引き返して遊んじまおうじゃねえか」、兄貴も怖いから金勘定したら二人合わせて一貫三百どうでもいいしかない。これでは新宿は遥かなりだ。

兄貴分 「狐も一貫三百しか持ってねえ人間なんぞ馬鹿にして化かしゃしねえ。追剥が出たら全部くれてやりゃいいじゃねえか」、二人も怖がっているのが分ってかなめさん、いたずら心が出て来た。
かなめ 「あのう、もしあなたがた・・・」

弟分 「ほら出た、女のかっこうしているぜ」

かなめ 「あなたがたには人間の女に見えましょうか?」

兄貴分 「なんだって、じゃあおめえは一体全体なんなんだ?」

かなめ 「わたくしは豊川稲荷にお仕えする使い姫のでございます。これから三囲稲荷まで使いに参ります。このあたりはさびしくて、野犬も多い恐ろしいところでございます。どうか町に出ますところまでご一緒してくださいませ」

兄貴分 「野犬何ぞなんでもねえ、けど野狐が出ても驚きませんね?」

かなめ 「野狐なんぞ私が小言を言えばみな尻尾を巻いて逃げて行ってしまいます」、男二人は狐とはいえ、こんな年増の別嬪さんのいい道連れができたと、用心棒のように野犬に石をぶつけながら、護持院ヶ原を通り過ぎて神田界隈に着いた。

かなめ 「ありがとうございます。ここまで来ればもう安心でございます」

兄貴分 「あっしらも浅草橋まで行きますから、そこらまでお供しましょう」、お狐さんに助平心を出して送り狼に変身するつもりなのか?

かなめ 「すぐに三囲には参りません。今川橋白旗(幡)稲荷から人形町の三光稲荷深川萬年橋柾木稲荷へ参ってから、大川を渡り返して浅草の楫取稲荷黒船稲荷の両稲荷へ参りまして、それから吾妻橋を渡って三囲へ参りますので・・・これはわずかでございますが、心ばかりのお礼でございます」

兄貴分 「なんです、こりゃあ木の葉じゃございませんか」

かなめ 「そうです木の葉ですが、まじないをかけて化かしてありますので先方にはお札に見えます」、半信半疑で二人は木の葉お札を撫でたり透かしたりして見ていたが、

弟分 「おや、もうお狐さんの姿が見えねえぜ。どうでえ兄貴、これで吉原へ行こうじゃねえか。これだけありゃあ大尽遊びができるぜ」

 能天気な二人は翌日、宵の内から吉原の馴染みの見世にあがって飲めや歌えのどんちゃん騒ぎだ。翌朝、勘定になって、木の葉三枚渡すと、

若い衆 「へへへへぇ、どうもご冗談を、これは木の葉三枚で・・・へへへ」

兄貴分 「おれたちには木の葉に見えるが、おめえにはお札に見えるだろ」

若い衆 「誰が見たって木の葉は木の葉じゃありませんか。あなたがた狐か狸に化かされたんじゃ・・・、本当の金で払ってくれなきゃ困ります」」

弟分 「ほんとの金は一貫三百しかねえんだ」

若い衆 「ふざけちゃいけねえ。仕方ねえから馬(付き馬)を付けるから馬に勘定を払いねえ」

弟分 「おやおや馬を引っ張って帰(けえ)るんだとよ」

兄貴分 「馬鹿を見たな、これがほんとの狐馬だ」


  

「名人名演落語落語全集第七巻」の柳家小さん(四代目)の噺を参考にした。

人間が狐になりすます落語は『紋三郎稲荷』・『稲荷俥』・『けつね』など。



かなめさんが住んでいた神田五軒町(千代田区外神田6丁目)



半蔵門
天皇や各皇族の皇居への日常の出入り口で、一般人は通行不可
甲州街道①



二番原(右上・神田神保町界隈?)・三番原(その下)・四番原(左)
護持院原」(『江戸名所図会』) 森鴎外「護持院原の仇討


護持院原(「絵本江戸土産」広重画)



豊川稲荷東京別院



征木(正木)稲荷神社
「おできの神様」の幟が立っている。


萬年橋征木稲荷(「絵本江戸土産」広重画)


        

670(2018・2月)




表紙へ 演目表へ 次頁へ
アクセスカウンター